むかし、山あいの谷に村があったが、ある春、川があふれて村を永遠にのみこんでしまったという。村のかねだけは助かった。それは新しい湖の北岸の柱にさがっていて、もうだれも鳴らさなかった。
羊飼いの少女ルカは十二歳で、祖父のベラと暮らしていた。祖父には、ルカに言い聞かせた決まりがあった。「日がくれてから、凍った湖をわたってはいけない。古い村のあるところは、氷がうすいからな。」だが、ある晩、子羊が逃げ、ルカがやっとつかまえたころには、日がしずみかけていた。時間を一時間でも省こうと、ルカは二十頭の羊を氷の上に追いこんだ。
湖の真ん中で、霧が急におりてきて、どちらの岸も見えなくなった。氷がうめき声をあげてひび割れ、動物たちがなきだした。ルカは走り出したかったが、祖父のもうひとつの決まりを思い出した。「道にまよったら、じっと立って、耳をすませ。」そこでルカは立ちつくした。遠くで、低くゆっくりとしたかねが鳴りはじめた。
音のほうへ歩くと氷はもちこたえた。音からそれるたびに、足もとの氷がきしんだ。かねは柱に静かにさがっていて、近くにはだれもいなかった。ルカは羊を数えた。二十頭、子羊も入れて全部いる。そこへ、ベラがランタンを持って駆けつけた。「わしは鳴らしていない」と言った。「だれも鳴らしていない。」
今でも谷の子どもたちは、何よりも先にひとつのことを教わる。霧が出たら、じっと立って、耳をすませ、と。